2009年10月31日

兄の誕生日は、ハロウィンだった。

今日、兄清文は、53歳の誕生日を迎えました。
今年まで全く意識していなかったのですが、10/31は、兄の誕生日と同時に、ハロウィンだったのですね。
私の趣味でもあるディズニーランドでは、十年ほど前から、ハロウィンをイベントととして、当初は1ヶ月程度、今では約2ヶ月間開催し、そのお陰で、秋になると妙に悲しくなる私の心は、秋を楽しく過ごせるようになりました。

宇宙から、夜に入った極東アジアを衛星写真で見ると、日本は海岸線が解るようにくっきりと明かりが灯るのに対し、北朝鮮は電力不足と設備不足の為か、黒く塗りつぶされたようになっているのを、何かのCMや雑誌で見たことがあると思います。
日の暮れるのがすっかり早くなるこの時期、そしてこれから厳冬を迎える北朝鮮で、拉致被害者は、長い夜に何を考え思っているのでしょう・・・。

さて、皆様にご心配をお掛けしました母ですが、皆さんの励ましと、最新薬である、血栓を溶かす静脈点滴が効いたようで、兄の誕生日前の29日に、無事退院する事ができました。
元凶である脳内部の動脈硬化の跡も今となっては不明となり、先生も驚いているそうですが、何時同じ事が起きてもおかしくないとも言えます。

経過観察となりますが、今後も、兄と再会できるよう、励まし、精神的に支えて頂ける様に、皆さまにお願いいたします。

母が無事だった、それが兄へのプレゼントかも知れません。
posted by KONA at 23:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 兄・高野清文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

実母3度目の九死に一生

昨日夕刻、真ん中の兄から連絡があり、母が緊急入院しました。
元々頭痛もち(兄失踪のストレス性?)の母ですが、右後頭部の頭痛と、左手の痺れを感じ、急いで病院へ行ったそうです。
通常のCTでは異常が無く、MRIで軽度の脳梗塞の疑いが出たようです。
血栓を溶かす点滴は、昨晩から治療を開始し、今日は精密検査。
像血剤を使ったCT検査で、血栓の元となった、動脈硬化の状況を見るようです。
脳梗塞と言うと、発見時に死亡や、倒れてから、甚大な障害を残す状況を耳にするので、良く自分で気が付いて疑い、病院へ行ったと、驚くばかりです。
まだ詳しく解からないので、これから悪化するかも知れませんし、痺れが取れない可能性もあります。
大好きな母に、兄と元気で再会してもらいたいKONAは、とても心配です。

6年前の2003年子宮体癌のため、子宮摘出手術
2年前の2007年3月19日の交通事故
「大した事無く、生きていて良かった。」を参照下さい。
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/36422622.html
に続く、三度目の九死に一生・・・。
本当に一刻も早く、兄と再会できるように、改めて、皆さんに協力をお願い致します<(_ _)>
お兄ちゃん・・・早く帰ってきて。
posted by KONA at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 兄・高野清文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

お盆は、福島に行きました。

今年のお盆は、母方・父方両方の祖父母の墓参りに行けました。
夫とは、偶然知り合ったのですが、義父母の出身は、KONAの両親と同じ福島県です。
夫のお母さんの実家は、妹さんが継がれているので、夫も小さい頃から良く遊びに行き、結婚後もお盆には、そのおばさんの家にお世話になっています。
夫の今の父は養父ですが、やはり福島に本家があります。
実のお父さんは数年前に亡くなりましたが、坂之上田村磨縁の、福島県の守山城の家老を先祖に持つ、地元では有名な自然酒醸造元の家系の方です。
http://www.kinpou.co.jp/
一昨年、入籍してまもなくのお盆に、夫の実父の墓参りに伺ったら、直ぐ傍の郡山市の霊園が、母方の祖母が入っている霊園だと気が付きました。お世話になっているおばさんの家も、そちら家系のお墓からも、車で10数分の場所です。
昨年、墓所を確認に訪れたら、北朝鮮から引き上げてきた祖母と、北朝鮮で亡くなった祖父、兄が失踪した時、私の面倒を見てくれた、母の兄のおじさんまでが入っているのが解かり、夫と知り合った縁は、小さい時もたまにしか来なかった福島に毎年来るように、呼ばれたのかなぁ?と、感じてしまいます。
長男のおじさんが先に亡くなったので、お嫁に来た母の姉が、おばあちゃんを連れてきたのが、偶然郡山だったようで、郡山の墓地に入っているようです。
今年はきちんと、ご先祖供養と、兄と母を見守って、再会させてもらえるように、お参りしてきました。

ただ、調査会の真鍋さんがおっしゃっていた、「日本中、何処に行っても拉致事件から離れられない」と言う実感は、ここにもあります。
06.9.29記事「日本全国・365日」→http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/24617490.html
守山城跡の守山小学校から、1Kmほどの所に、福島朝鮮初中級学校があるのです・・・。

父と、北朝鮮から引き上げ後の母も、川俣の出身で、父方の実家のお墓は、川俣にあります。
05.8.15記事「母の終戦」→http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/5913619.html
先祖は二本松城の剣術師範だったとか・・・。KONAが剣に惹かれるのは、この為でしょうか?
そちらにも、父と兄を見守り、元気に再会できるように、お参りに行きました。
私達夫婦の縁、帰ってきたら、兄に話したい、出来事です。

最後に、川俣町の東、太平洋に面した、旧原町:現南相馬市で、坂上良則さんが、兄・清文が太平洋上の島から失踪して10日ほど後、33年前の8月10日、失踪されました。
調査会リスト→http://www.chosa-kai.jp/listkensaku.html
(検索欄に、1976と入力して検索してみてください。)
因果(あるいは意図?)を感じずにはいられません。

posted by KONA at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 兄・高野清文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月30日

夏が来れば思い出す・・・・兄失踪から33年

夏が来れば思い出す
白砂浜 青い海
と替え歌したくなる、神津島は、風光明媚な島です。

兄・清文が、あの美しい南国の島から失踪して、33年になります。
海無し県、長野に育ったKONAにとって、思い出の海は、兄と泳いだ湘南ですが、心の海は、兄を隠した、恐ろしいほど美しい、神の島です。
高校生になったKOANは、オメガトライブを好きになりました。
夏休みに、両親と私の友人と出かけた神津島の砂浜で、1人オメガを聞きました。
好きな曲、それを再現したような景色・・・だけど悲しくてサングラスの中で、涙があふれることもありました。

兄が拉致だったとしたら、この天国のような島から、生き地獄の金政権下に、連れて行かれたことになります。

今朝、真ん中の兄から、「父が脊柱間狭窄症で、手術になるかも」とメールがあり、心配になり、早速電話して様子を聞きました。
元々膝が痛かったのに加え、足に痺れが出てきて、調べてもらったら、脊柱間狭窄症と言う事みたいです。
「死ぬことは無いから、心配するな」と言われましたが、兄と元気に再会してもらいたいKONAは、心配です。
努力家で、無理をしがちな父は、自宅の増設リフォームを自力で行なったり、テニスも続けていたりします。
兄の捜索も、そうとう無理をしていたと思います。無事に改善されるのを祈ります。

posted by KONA at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 兄・高野清文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

今夜「鉄腕DASH」で放送、神津島

ソーラーカーだん吉が、海岸線を一筆書きで日本一周する企画。

この番組はいつも何気なく見ていたのですが、良く考えたら、拉致現場になったであろう、海岸を、いくつも横目に巡る旅。そう考えると悲しいなぁと思っていた矢先、私の家族が、神津島に兄を捜しに行く際、主に使っていた下田から、この番組は一筆書きをしに、神津島に向かった様です。

以前私が、神津島に、拉致ではないかと探しに行った様子は、2005年9月5日に、こちらのブログに書きました。
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/6579666.html

また、2005年8月31日テレビ朝日「Jチャン・迷宮の扉」で放送された、「シリーズ拉致疑惑」の様子は、壇君WHO's WHO内の
http://kamomiya.ddo.jp/Rachi.html
0番台リスト内で「WMV」ファイルで見る事が出来ます。

普通に遊びに行けば、花崗岩の砂浜は白く、海はこの上なく美しく、テーブル状の天上山は低山登山に適した、花の百名山であり、湧き水に、島特産の野菜に、新鮮な魚と、風光明媚な山海岸線で、とてもすばらしい島ですが、CMで見ていても、船でだんだん見えてくる島影は、私の中で、兄の墓標の様に見えてしまいます。

日本のこんな素敵な所で、拉致があったかも知れない。こちらをご覧の皆さんは、私と同じく、悔しい気持ちも感じながら見てくださると思います。
posted by KONA at 15:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 兄・高野清文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

クリスマスなのでリースを紹介

兄の52歳の誕生日、10/31の更新もしないまま、今年も年末を迎えてしまいました。

今年も年越しは、兄を待つ両親と共に、長野でしたいと思っています。

もう一年以上前になってしまいましたが、2007/12/16に行なわれた『しおかぜの集い』で、参加者にブルーリボンを付けて貰ったリースを、クリスマスなので、今更ですが紹介したいと思います。

071216-1.JPG

ベースのリースは、父にお願いして作ってもらい、リボンを付けやすいように、私が追加加工しました。
数年前に母が、地域の講習会で、地元で取れる蔓や、木の実を使って作る、リースを習って来て、父が真似する内、母が具合悪くなったり、事故に遭ったりで、今では父の方が力を入れています。

そんな父に、『しおかぜの集い』で、リボンを付けて貰うからと、白いリースをオーダーしました。

071216-2.JPG

当日は兄・清文の展示物の前に、リースとリボンを一緒に置き、リボンを結んで頂くように、お願いしました。

071216-3.JPG

ちなみに展示の様子は、こんな感じでした。

071216-4.JPG

終わる頃には沢山のリボンを結んで頂きました。
今年もお願いしたのですが、サンタさんへの、兄の無事を知らせてくれるお願いは、聞いて貰えないままです。

071216-5.JPG

帰りに見かけた、江東区のコミュニティーバスの名前が、偶然『しおかぜ』でした(^^ゞhttp://www.city.koto.lg.jp/seikatsu/toshiseibi/communitybus/13116.html

このバス、潮見駅を起点に運行しているのですが、潮見駅と言えば今年、私や兄と同じ、長野県出身の女性が、同マンションの住人に殺害された事件は、記憶に新しい身近に感じた事件でした。

拉致も、もう無いとは言い切れない、解決していない事件です。国内のあらゆる事件犯罪と合わせて、皆様も身の回りに気をつけて、生活して下さい。

2008年09月19日

今朝見た夢(解決できない煩わしい問題)

KONAは、折りに触れ、各方面から誘われていたmixiに、先週登録しました。
趣味的な要素が多くなってはいますが、拉致事件解決を、より多角的に広げ、多趣味のKONAが、特定失踪者家族である事を、多くの方に身近に感じていただけるように展開して行ければと思います。
こちらをご覧の皆様で、mixiに参加されている方は、本名高野美幸や、ニックネームkonaknightで探してみてください。

そういった経緯で、mixi日記にぶつぶつ書き始めようと思ったのですが、内容が、拉致事件や、兄に絡める事ができる要因が少しでもあれば、こちらに書いて、mixiに通知しようと思った次第です。
これまでより、くだらない内容が多くなるかも知れませんが、よろしくお付き合い下さい。

KONAは、旅行地図が好きなせいか、夢の中にパラレルワールドがあって、夢の中でも、神津島と全く別の、兄が失踪した場所があるぐらいです。
さて表題にあります、今朝見た夢ですが、ゴキちゃんが出てくる話なので、その辺が大丈夫な方は、読み進んでください。


続きを読む

2008年07月31日

32年前の今日

32年前の今日、朝8時頃、神津島派出所から、兄・清文失踪の電話があり、対応した父の奇声で「なに〜!?」と言っているのと、電話口に立つ、そのシルエットを、KONAは今でも鮮明に覚えています。

失踪当時の様子は、三年前の2005/7/29の記事「明日、兄失踪から29年…」
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/5448107.html
をご覧になって下さい。

ブログの更新を、ご無沙汰しておりました。
KONAの昨年11月からの様子(言い訳)ですが、
まず、失踪者ご家族の方で、話が合わず、折り合いが悪く、挨拶もしていただけない方が現れ、このブログに何か書こうとすると、その方の悪口を書いてしまいそうで、気持ちの整理がつくのに、時間がかかっています。
未だにその方は、会っても無視され、気持ちは晴れないままです。
原因は聞いていないのですが、しおかぜの集いの準備の際に、それ以前からも、年下に意見されるのが、面白くなかったのだろうと、思います。

また、昨年11月中旬からひいた風邪が、引越しして医者が合わないのか、1月中旬まで長引き、調子が悪いのを、飴や何か喉を通す事で、紛らわしながら仕事をしていたら、その間に6キロも太ってしまいました。
調子の悪い最中に、しおかぜの集いに参加し、お正月には1人で実家に帰りました。

調子が戻ってきた頃から、
友人がマルチに引っかかり、救出したものの、他の精神的に弱い友人とトラブルになり、仲裁したものの、離散。
職場の社長宛に電話を掛けてくる、エセ右翼を断る。
仕事上のトラブルが続く・・・(T_T)

落ち着くと思われたGWに、また風邪をひき、それでも無理をして、夫婦で長野に帰郷するものの、遊びがてら、のんびりしたいKONA夫婦と、帰ってきたら手伝って欲しい父の、思惑が合わず、また、帰る度具合の悪い事をとがめられ、声が出ないのに、大喧嘩。
父以上に頑固な旦那は、二度と行かないと申しております(T_T)

「しょうがないな」と様子を見ていた6月、5月末で退職となった義母(兄・清文の母ではないので冷静に読んでください)が、発熱食欲不振、嘔吐、尿の臭いが変だ、と病院へ行き検査すると、肺転移があるステージ4の腎臓癌だと・・・(T_T)

7/14に左腎臓の原発巣摘出手術を受け、手術は無事成功。
術後の経過が良いので、今週から、拡散転移していて摘出できない、肺の転移巣等を縮小、あるいは拡大させない、他所転移を増やさないために、抗がん剤が効かない腎臓原発癌なので、C型肝炎等に使う免疫療法剤のインターフェロンの投与を始めました。
副作用で、インフルエンザの様な症状が出るのですが、それも軽いみたいなので後は、奏効率約30%の薬が効き、5年生存率約20%に入る事を祈るばかりです。

摘出した腎臓を見せてもらいましたが、早期癌で発見された実母の子宮癌の「小さい玉状の目玉焼きの白身」の見た感じと違い、癌そのものが大きくなり過ぎて、内部に栄養がまわらず、壊死していて、黄色い塊の中心部がベージュに変色していました。
これが腫瘍毒を出し、熱が出て義母を苦しめたようです。

結婚相手の家族も大切にしていれば、きっと兄も帰って来て、実母にも親孝行、出来るような気がして、病院が職場に近い事も幸いして、毎日のように、お見舞いに行っています。

そんな矢先、大澤孝司さんのお父様が、お亡くなりになられたとの訃報。ご冥福をお祈りすると共に、天国から、孝司さんの無事帰国を見守っていてくれる事を願わずにいられません。

という訳で、KONAは、相変わらず忙しい日々を送っています。
嬉しい事もありましたが、又の機会にご報告いたします。

32年も経ってしまいました。過ぎてしまったことは仕方が無い。
最近ハマリ気味の、医療ドラマ
「負けたから終わりじゃない、諦めたら終わりなんだ」
と言う言葉に、母や義母の癌や、兄の救出について、思いを同じくする言葉でした。

今後とも長い目で、拉致事件解決に、ご協力下さい。
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2007年11月01日

兄・清文 51歳

月末の諸事に終われ、12時を回ろうかと言う時間に、真ん中の兄から、メールがありました。
昨日10月31日、清文兄ちゃんは、51歳になりました。

出っ歯にならないようにと、前歯を押えるように、歯を上唇を手で押えたり、はげないようにと、頭皮マッサージしていたと言う、20歳前の兄。歯や、頭髪は、本人の希望のように健康でしょうか・・・。

今となっては、歯や髪は多少痛んでいても、元気で生きて、日本に戻れる事を、目指しているのではないでしょか。


全員奪還=金政権崩壊です。


12月16日に、東京、大阪同時開催で、特定失踪者問題調査会主催の初集会「しおかぜの集い」が行なわれます。間もなく詳細の解かるチラシ等の準備が出来てくると思います。このブログでも、別途詳細のご報告をいたします。
KONAも家族実行委員として頑張りますので、当日までの広報の協力、当日のボランティア、沢山の皆様の参加、ネット中継視聴の協力を切にせつに、お願い申し上げます。
posted by KONA at 09:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 兄・高野清文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

マッピングリスト13(車ごとの失踪)

7月末に調査会から発表になりましたが、掲載が遅れてスミマセン。
元々荷物持ちが、引越ししたため、まだ、ダンボールが片付いていない有様です・・・。
7/28には、藤沢で、市民集会がありましたが、予告を掲載しなかったばかりでなく、その様子もお知らせしないままですね・・・。兄貴に怒られないように頑張りますm(_ _)m

−−−調査会ニュースより引用−−−

マッピングリスト13(車ごとの失踪)

◎車ごとの失踪について

・車の処分は単独では困難が伴う。したがって国内に協力者がいた可能性が高い。解体業者等の協力を得たのではないかと考えられる。

・車を残した拉致の場合は何らかの偽装工作が考えられるが、車ごとの失踪(拉致)では逆に全く証拠を残さないようにしたと考えられる。

・乗車した人間を拉致するとすれば、顔見知りか、もしくは何らかのコミュニケーションがとれる状況をつくり出した上で拉致に及んだのではないかと考えられる。

・車が残されたケースも含めて、夫婦、アベックなど複数で失踪しているケースが多い。

・年代的な偏りが見られる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
A(男)・B(女)
昭和44(1969)年
大阪府〜和歌山県で車ごと失踪。

園田 一・敏子
昭和46(1971)年
鹿児島県大崎町から宮崎空港に向かったまま車ごと失踪。

峰島英雄・関谷俊子・遠山常子
昭和49(1974)年
千葉市内の飲食店から「家に送っていく」と3人で出かけたまま車ごと行方不明に。

石川和歌男
昭和49(1974)年
東京都八王子市で職場の忘年会終了後、同僚を車で送った後、車ごと失踪。

C(女)
昭和49(1974)年
徳島県内の自宅から普段着のまま車で外出し失踪。車も見つかっていない。

D(男)・E(女)
昭和53(1978)年
Eさんが岩手県内の勤務先に出勤せず。同日上司のDさんも失踪。Eさんの自家用車が発見されていない。

川合健二
昭和54(1979)年
山梨県内で接触事故を起こし被害者を病院に送り届け、「免許証を取ってくる」と言い残し、車ごと行方不明。


昭和54(1979)年
長崎県内で仕事に出かけたまま行方不明。車も見つからず。

安達俊之・G(女)
昭和56(1981)年
石川県鶴来町の友人宅を車で出たまま、車ごと行方不明。

H(男)
昭和58(1983)年
名古屋市内の現場での仕事を終え、自宅に「これから帰る」と電話をしたまま、車ごと失踪。

I(女)
昭和59(1984)
福井市にて、仕事について2日目に失踪。乗っていた自家用車も見つかっていない。

J(男)
昭和62(1987)年
大阪府内の下宿先から失踪。車もなくなっていた。

K(男)・西村京子
昭和62(1987)
山口県湯田温泉の居酒屋から、Jさんの車に乗って出かけ行方不明。車は見つかっていない。

和田幸二
昭和63(1988)年
宮崎県南郷町のスナックを出て友人を送り届けた後、車ごと行方不明。

小宮山広明
平成7(1995)年
長野県坂城町で失踪。車も不明。

曽ヶ端崇史
平成7(1995)年
北海道釧路市で食事をし、友人を車で送った後、車ごと行方不明。

安西正博
平成8年(1996)年
名古屋市内の会社寮から車で出かけたまま行方不明に。車も見つからず。

L(男)・M(男)
平成9(1997)年
茨城県波崎町のKさんの自宅から友人Lさんの車に同乗して出かけたまま2人とも行方不明。

和田佑介
平成14(2002)年
広島市内の自宅アパートから失踪。車もなくなっていた。
−−−引用終わり−−−

人が居なくなるばかりでなく、あの大きい車ごと、いなくなるというのは、どういった様子で、拉致工作が繰り広げられたのでしょうか?

また、拉致でなかったとしたら、どんな事件が想定できますか?

そしてあなたは、拉致とそうでない事件との切り分けが出来ますか?
posted by KONA at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | マッピングリスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする