自ら被害の拡大を野放しにしておきながら、拉致被害者の犯罪幇助を、とがめるような国家・政府ではないと信じたいのですが。
さて、母が、兄の帰りを待ちながら、編み物をしている話は、以前にもいたしましたが、
→http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/5028171.html
1月7日に藤沢で行われた『第13回 拉致被害者と家族の人権を考える市民集会
〜拉致を語らずして人権を語るなかれ〜』に参加した際、いつものように、ブルーリボンにあやかった、ブルーファッション(青い手袋・マフラー・髪留め・帽子)で出かけました。
母の作品の他、調査会のポスター・ネックストラップ・ハンドストラップ
(調査会にて販売中→http://www.chosa-kai.jp/hanbai.html#HS)
の販売手伝いをすることになっていたのですが、正月に帰省した直後で、母の作品梱包に手間どり、打ち合わせに、参加できない程の大遅刻・・・(>_<)・・・慌てて、家の前に居たタクシーに乗り、JRの駅へ・・・電車の中で、バレッタを付け、集会の準備には間に合ったのですが、帰りの道々「帽子どうしたっけ?」と記憶が全くなく、タクシー・JR・立ち寄った関係先に問い合わせ、警察にも届けましたが、発見できていません。
帽子は母の手編みで、ハットタイプの帽子でした。
先日、母にお詫びの電話をしたら、体調が良い時にでも、また編んであげるから・・・と。そして、父や真ん中の兄、兄嫁にも帽子を編んでいる事を話してくれました。
「でも、清文には編んであげられない。」と言うのです。
私は「お母さんに、もしものことがあっても、私が渡すから、お兄ちゃんにも編んであげて、できれば、手紙なんかも付けて欲しいなぁ。」と、話しました。
その後、真ん中の兄から、母が帽子を沢山持ってきて選ばしてもらったそうです。
「兄貴が帰ってき時の為に、多くもらっておいた。」と言うので、
「お母さんが、清文お兄ちゃんの分も編んで取ってあるよ。」と伝えました。
動かない日朝協議を遠くに、家族で、同じような事を考える、居ない兄の分も、と思うKONAの家族でした。





