2006年06月20日

拉致によって開発された?ミサイル・核

ここ数日テポドン2号の発射準備が行われているのでは、との報道が続いています。
日本の技術で極秘製造では?との共同通信報道もありますが、それは、これまでの、拉致・特定失踪者問題を掘り下げていていれば、分かることだと思い、極秘というのは、相変わらずの報道操作なのでしょうか?

部品や技術を伴う「人」を、どれだけ万景峰号を含む工作船に乗せて持って行ったことか。
部品である「物」に関しては、力のある方が調べれば、一目瞭然ではないでしょうか?

人に関して言えば、特定失踪者の中に、開発に関係のありそうな技術系失踪者(横浜から失踪した河嶋功一さんは、核開発に必須のロボットアームの知識アリなど)が何例も存在し、また何らかの理由で自ら北朝鮮に向かった人(技術者)が居る(加瀬テル子さんとされる北朝鮮よりもたらされた写真には、夫で技術者とされる男性が写っています。)状況や、日本の技術者から学んだ朝鮮人が巾を利かせていたり・・・。

以前記載した、『「超能力」?と一笑できない内容』〈21〉〈22〉
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/12643569.html
の様子から察するに、兄・清文も、なんらかの技術に従事しているのではないかと思っています。そして、その関わったミサイル核が、日本や他の国に被害を及ぼすのではないかと心配しています。

そして、日本の技術(人)や材料(部品)が盗まれている事を知りながら、阻止しないばかりか、見てみぬフリや、手助けしているとも取れる日本国家の状況を、恐怖を伴って心配しています。
もし他国が日本の技術によって開発された兵器で、被害を受けたときに、日本はその国から非難されても仕方の無い状況になっているのではないでしょうか?

危なくそうされそうだったのが、大韓航空機爆破事件だったと言えるのではないでしょうか?あの時「田口八重子」さんが、しばらく、犯罪者扱いされ、家族の心中は察するに余りあるものです。

KONAは以前、集会に参加された国会議員にお願いしました。
「一刻も早い解決・救出をお願いするのは、本人の無事・家族の寿命はもちろん、被害者の幇助による、第二(日本人によって日本人が被害を受ける)・第三(被害者が、加害者として扱われる)の被害が出ないために、もです。私は恐怖に感じています。」と。

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2006年06月06日

五反田からびっくり・・・

2日金曜日に調査会に行ったのですが、真鍋さんにまた痛い話を聞いてしまいました。
KONAが五反田周辺で仕事をしている話は以前いたしました。

http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/17581540.html

どなたかこの記事に出てくる、よく買い物に行くお店に、勤めていると勘違いされたみたいです。
そのお店の経営会社は、親会社が、在日組織関係だと言う情報提供があったようです。
なるほど、それでTOCなんぞに入っているわけですね。そういえば、このお店の初期のCMは、現在ハングルペラペラの、アイドルグループSのKさんでしたね。近しく思えて、なおかつ日本人にも人気のあるタレントを起用したのでしょうか?
とても愛用しているだけに、けっこうショックでした。

その帰り道に早速、五反田でないショップに寄って見たのですが、そこのオリジナル企画の商品は、本社のあるらしい、某T大学のある市の住所になっていました。元、その市の市議だった真鍋さんが、良く知っているわけです。

KONAのお買い物、収益は金政権に流れてしまうのでしょか?

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2006年05月18日

日付印に思う佐々木悦子さん

KONAは職場に行くと、朝、日付印を合わせます。

日付印.jpg


そうすると思い出すのが、職場の日付印を失踪した日の、日付に合わせたまま忽然と消えた、埼玉県浦和市の佐々木悦子さんです。

兄・清文の失踪が、川口の藤田進さんと、関係があるのではないかと、一緒に調査していた関係で、埼玉・川口関係の失踪者家族の皆さんとお会いする事があります。
そうして知った川口関係の失踪者の多さ。そして幸せに奥さんをしていた悦子さんの無念、お母さんの悲しみ苦しみ。
そして偶然にも、元旦那さん方の親戚の方にお会いしましたが、縁は切れてしまいましたが、私にとっては、良い親戚だったと、今ではボランティアとして、拉致問題解決の為に、動いてくれています。
こんな事(拉致)で切れてしまった縁。彼女も被害者といえるのではないかと思います。
日付印を出勤日ごとに変える度、悦子さん及び、全未帰還拉致被害者の無事と、ご家族との再会、そして間接的な被害者に、心の安らぎが訪れる事を祈ってやみません。

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2006年05月17日

特定失踪者「菊池寛史」さん

同じ長野県出身という事で、ご両親と連絡を取ってみました。

平成10(1998)年4月5日、自動車会社の新人研修中の宿泊施設(長野県長野市サイクリングターミナル)から行方不明になったという「菊池寛史」さん。
調査会のデータによると
『失踪当日、宿泊部屋が一緒だった同僚に「ジュースを買ってきてくれ」と頼み、同僚がジュースを買って部屋にもどるといなくなっていた。荷物、免許証、財布、スーツ、靴等も残したままだった。平成10年〜13年くらいまでの間に時々数回だけ鳴って切れる電話があった。そのほとんどが非通知だった。こちらが出たとたんに切れる電話もあった。平成15年くらいからは、ほとんどそれも無くなった。』という事。

以前、調査会で聞いた事がある、失踪者に見られる傾向の一つに、自動車関係の失踪者は、日産関係者が圧倒的に多いということで、「どちらの会社だったのでしょう?」と伺うと、「日産です。」とのことでした。

お母さんは、日産関係の失踪者が多い事は知らなかったという事で、とても驚いていらっしゃいました。
近年の失踪である事や、内陸での失踪である事から、拉致と位置付ける事への疑念、長野という土地柄、拉致と発言する事の不安から、拉致事件関係の活動へどのように参加していったら良いか、迷っていらっしゃるようでした。

調査会理事村尾さんから、そういった様子を伺っていたので、拉致と関係なく、失踪者の家族どうしとして、少しでも、気が楽になれば良いと思い連絡し、今分かる範囲の状況、将来のいろんな可能性等もお話しました。

機会があれば、長野県に帰る時にでも訪問してみようかと思うKONAでした。

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2006年05月09日

五反田をぶらり

西五反田の地で社員になってもう一年が過ぎました。会社の帰り、近所の飲み屋に上司に着いて行きました。その雑談の中で、駅のそばに数年前まで朝鮮学校があったと・・・。

正門.jpg

正門と思われる跡は・・・

朝鮮食材店.jpg

角に韓国食材の小さなお店があります


東京朝鮮第七中級学校であった建物だそうですが、今トレーニングセンターになっていて、校庭は駐車場になっています。

1999年のデータ→http://www1.korea-np.co.jp/na-edu/sch-ad199904.htm

どうしても、敏感になってしまいます。朝鮮人民が悪いわけではないのですが、「木を隠すなら森に」という言葉もあります。

そもそも五反田に就職と聞いたとき、頭に浮かんだのが、東京卸売りセンターこと「TOC」
現在99円ショップが入っているので、KONAのメガショッピングポイントなのですが・・・。

TOC.jpg


拉致工作機関を隠匿するための会社「ユニバース・トレーディング」の入っていたのが「TOC」とのこと。
調査会の拉致濃厚者(1000番台)リストに載っている、高敬美・剛姉弟。

調査会HP→http://www.chosa-kai.jp/

調査会リストによると、
「2人は釧路出身の在日朝鮮人工作員である高大基と日本人渡辺秀子さんの子供。もちろん渡辺さんは高が工作員であることは知らずに結婚した。昭和48年6月頃、高が突然失踪したため、その行方を追って渡辺秀子さんは子供2人を連れ、東京都品川区にあるユニバース・トレーディング社の高の勤務先周辺を探し歩いていた。同社は表向き貿易会社だが、実は北朝鮮が工作活動を行うための会社であった。工作組織はそのことが明るみに出るのをおそれ、親子3人を誘い出し、東京都目黒区のマンションに監禁したうえ、秀子さんを殺害、子供2人を北朝鮮へ連れ去ったと見られている。この事件については朝日放送の石高健次氏が月刊「文藝春秋」平成12年12月号で明らかにした。平成15年1月30日、殺人と国外移送目的誘拐の疑いで、氏名不祥の数人を容疑者とする告訴状を警視庁に提出。」

弟の剛君は私と同じ歳、生きていれば、35歳。北朝鮮で、金政権の悪事に利用されず、元気で過ごしている事を、母の秀子さんの親族は祈っている事でしょう。

目黒のマンションも、先に出た、朝鮮学校が品川区の目黒区境ギリギリにあったことを考えれば、この近隣だったかもしれません。

五反田駅近くに現在もハナ信金があり、その一画は、パチンコ店、ラブホテル、中華韓国料理店のひしめく場所です。

ハナ信金.jpg


マップで「ハナ信用金庫」検索してみると…!→http://maps.google.co.jp/

全国いたる所にこういった裏繁華街はあるのですが、ここもきっと総連、その先は金政権の、ごひいき地区なのではないでしょうか?(最近オープンしたばかりのビジネスホテルが、姉歯さんの耐震偽装建築だった事から、休業しているのも、この地区です。)

兄・清文失踪の真相を追う中で、前職の、赤坂官邸裏といい、
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/4557316.html
なんと因果な土地めぐりでしょうか?
母に話すと「帰ってくるか?」と言われますが、お母さん、塩尻も大町ルートの上だよ・・・。
posted by KONA at 15:52| Comment(0) | TrackBack(1) | 拉致・特定失踪者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

熱のGW

29日の調査会メーデー参加後、毎度の咽頭炎を起こしてしまい、土曜にやっと医者で抗生物質と消炎鎮痛剤をもらい、さっき5日続いた微熱が治まりました。
気が付けば、なんと調査会の短波放送『しおかぜ』に、妨害電波が出るようになったとか・・・昨年末から画策し、結局今週熱を出したものの、ずっと体調を整え、今回の咽頭炎でも咳だけは出ないようにして頑張った、私から兄への「家族の声」は、ちゃんと兄に届くのでしょうか?その前にちゃんと収録できるか・・・?

そんなGWの中、横田家の悲劇を描き、脅迫状も来たと言う演劇「この手に・・・」に、横浜での公演と言うこともあり、ご招待いただき、拝見する事ができました。

何度も言いますが、失踪者を探すと言う家族の苦しみはどこの家族も同じで、早紀江さん役の森木さんが「めぐみちゃ〜ん」と探すシーンは、両親が「清文〜、清文〜」と呼ぶ声に聞こえ、拓也さん哲也さんも育てながら苦しむ姿に、同じように苦しみながら育ててくれた両親を思い、めぐみちゃん拉致の再現シーンは、恐怖とも怒りとも付かないムシズが走り、声をあげて泣いてしまいそうになりながら拝見しました。

公演後、森木さん、他の出演者、この劇団「てんびん座」の関係者(特に子供たち)とお話をする機会をいただき、まだまだ拉致か分からず、苦しみ待っている家族が沢山居る事をお話したのですが、とても素直に聞いたくれました。「お願いします。」と言ったら、みんな元気に「はい!」と答えて、KONAの作ったチラシを持って帰って行きました。

子供の苦手なKONAにとっては、とても感動的な事でした。

劇団てんびん座関係者の皆さん公演お疲れ様でした。また機会がありましたら、できる事で応援お願いします。
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2006年04月27日

【拉致】日本は見すてない・・・?

0417_2S.JPG

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/rati/osirase.html

本当に? 本当に見捨てない?

政府、拉致問題特命チームによる、拉致問題広報用の、このポスターを見て、まず最初に出てきた言葉でした。

国民は見すてない。でも政府には…不信感でいっぱいです。

ここ数日のアメリカでの動きの中で、調査会真鍋さんの訪米報告の中でもあるように、訪米した特定失踪者家族について、日本政府は何のフォローをしていなかったといいます。観光旅行者と、同レベルという事でしょうか?

救う会が区別すれば、政府は差別する、と言う事なのでしょうか?
調査会と救う会はやむを得ずその名を別けただけで、北朝鮮に居る本人達や、日本という主権国家から見れば、拉致被害者は同じ被害者で、拉致されたという事実には何の違いも無いはずなのですが…。

特定失踪者の家族と、それを支えてきた調査会は、拉致の可能性を認めてもらえないばかりでなく、差別を受けているようで、本当に心の救いが無いです。

特定失踪者と呼ばれた拉致被害者が、無事帰国したとき、自分は拉致被害者として、国にきちんと調べて、探してもらえなかった(少なくとも現状では、私は兄にそう伝えるしかないです。)事を知ったら、どれほどショックでしょう。
いったい誰が「すまなかった」と言ってくれるのでしょうか。
政府認定の拉致被害者以外の被害者は適当に「戻って来られたらいいねぇ」という程度の事なのでしょうか?
KONAにはそう思えて仕方がありません。

現状を申し上げると、私の方へ来て、話を聞いていったのは、公安調査庁ぐらいで、警察にはこちらから依頼に行くばかりです。政府、拉致問題特命チームに至っては…?報道と、調査会の通知を通して存在を知っている程度の、遠〜い存在です。(^_^;)



早紀江さんのブッシュ大統領面会のニュースの裏で、日本政府に拉致と認めて貰えない、政府の言葉として、調べてもらえているのかさえ伝えてもらえず、早紀江さんと同じ思いでありながら、公に訴える事もできずに、家族会の皆さんの訴えに頼るしかなく、悔しさや、やりきれなさの中で、無言でマスコミの伝える動向を、見守っている家族が、日本の中に沢山居ることを、決して忘れないで下さい。

もう一度聞きます。
【拉致】日本は見すてない


本当に見捨てない(T_T)?

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2006年04月24日

不思議な縁がKONAの財産

以前、母が人間不信気味なお話をいたしました。

http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/14846346.html

母が辛い思いをしたからなのか、逆にKONAは、いつも人の縁に助けられて、困難を、乗り越えてきました。
財産と呼べるような物質的価値のある物は、何も残っていないKONAですが、困ると、誰かに救いの手を差し伸べられ、架け橋を渡してもらい、人生を歩んで来ました。

このブログを教えて貰い、調査会でも参照しているという電脳補完録さん。出会いのきっかけは、ブルーリボンバッチを分けてもらおうと連絡した、ブルーリボン運動の提唱者の皆さんからでした。「ピンクとか、イエローでなくて良かったですね・・・。」と言っていた方たちです。

http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/5394977.html

拉致問題全体の解決、失踪者も同じビジョンで捕らえてくださる事によって、とても心強く思っています。

前の会社では、カラオケサークルで普通に話をしていた事から、代表取締役自ら、問題広報を手伝っていただき、また、数人の電気通信大学関係者に、連絡をつける事ができました。
隣の部の部長には、三宅島での証言を頂きました。
自分の部の部長には、PCの操作方法等教えてもらいながら、大町ルートの図表作成や、講演会での「てにをは」、職場の問題解決方法を通して、わかりやすい問題提示の仕方等を教えていただきました。そして今の職場への架け橋もしてくださいました。

http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/4557316.html

↑この記事で書き忘れましたが、この時の課長の知人(昔の上司?)の方が、2004年1月11日杉並区で行われた「郷土と同胞を愛する講演会:佐藤勝巳、横田拓也講演」を主催される立場の方で、失踪者家族として初めて、発言の機会を与えていただき、西村幸祐さんと知り合うきっかけとなりました。

http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1689

2月から、ブログで言いたい事が増えて、頑張って書いていますが、同時に色んな事を画策しています。
その一つ、短波放送『しおかぜ』へ、家族直接の呼びかけ録音を模索する中でも、不思議な縁がありました。(後日記事にします。)

また、別の画策は、連絡先を教えて合っても良い家族の名簿が、調査会より届いた事ではじめました。
家族が直接情報発信をしている、このブログを、PCの見ることのできないであろう、多くの年配のご家族に紹介し、他の失踪者ご家族も両親を励ますように、交流して行きたいとの思いから、印刷を時系列に切り貼りして直し(ブログをはじめ、多くのPC記事は最新書き込みが最上に来るため、通常の日記状に配置しなおし)て、2005年末までの記事を、封書にてお送りしました。

これまでに、非公開を含めて数名の失踪者家族の皆さんからお返事を頂き、調査会の家族懇親会時にも思うのですが、同じような苦しみを経験している関係上、親戚以上に、親身になることができ、親戚が増えたみたいで、ますます頑張って励まし、代弁して行かないと、と感じています。

お手紙.jpg


実際、拉致被害者同士、金政権下で夫婦となった事が、救出後分かり、本当に親戚になってしまう家族だってあるでしょう。

後に起こりうる「被害者が加害者」「救出に時差が出たとき」「行政の対応」「癒されない結果への癒し方」等の問題へ対応の為にも、現段階での、この繋がりが重要になってくると思うのです。この問題点についても、後日記事にしたいと思います。

4/16横浜市開港記念館で行われた、神奈川県民集会の広報を、衆議院議員の松本純議員にお願いしたことも、以前記事にいたしました。

http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/16808600.html

その流れの中で、KONAの近所の汐見台での地域広報誌に、紹介していただける事になりました。

他の市街地同様、横浜をポイントに、消息の分からなくなっている失踪者が、公開している失踪者だけでも、沢山居ること、現在、私や他の家族が住んでいることで、拉致事件を身近に感じて欲しいこと。

拉致事件は政府が認定していない大勢の被害者が居て、現在進行形で、緊急に解決し、全員救出しなければならない事、一般的ではありますが、訴えてみたいと思います。

こういった事に繋がっていくのが、大切にして行きたい、KONAの不思議な縁です。

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2006年04月12日

横田めぐみさん写真展感想

もう水曜日(>_<)ブログじゃないですね・・・いまさらですが、日曜の様子を報告します。

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16日に行われる神奈川県民集会の街頭告知に参加しました。場所は横浜駅ジョイナス口で、天気にも恵まれ、そこそこの反応でした。

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昨日、韓国の誘拐拉致(漁船を救助したと言い訳できない)もはっきりし、絶好のタイミングで、韓国の拉致被害者家族も講演に参加される集会に、今の日本の多く怒りをもって、沢山の方の参加をお待ちしております。

街頭告知に向かう途中、参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会理事である、小林ゆたか議員が、横浜西口で演説をされていたので、救う会神奈川の会長と共に、名刺をお渡しして、一言ご挨拶をしました。ご自身の広報と一緒に、16日の集会のチラシも配っていただきました。

9日は、すぐ横の高島屋横浜店では、めぐみさんの写真展が行われていたので、告知の終了後、ボランティア皆さんと拝見しに伺いました。沢山の皆さんが、拉致への怒りと共にご覧になっていたと思います。

KONAは今回の写真展は初めて拝見したのですが、私より少しお姉さんのめぐみさん。同じてんびん座だったり、バレエを習ったり、自分が中学一年で両親と引き離され、知らない場所、知人も居ない、言葉さえ通じない状況に置かれたら、どうなってしまうかを思いました。
そして拉致された年のお正月に、雪の中で写っている、赤と白の市松模様の羽織を着た着物姿のめぐみさんの写真を見ると、兄の失踪の5ヵ月後であり、うちの両親はお正月も無いような気分で新年を迎えていた事でしょう。
もし、うちの兄がいなくなったのが、すぐに拉致だと判っていたら、めぐみさんの拉致は起こらなかったかもしれないと思うと、とても悔しい思いが込み上げてきます。

失踪直後の捜索で、拉致現場まで警察犬が匂いを追って行き、その場に来ると、「くるくる回ってしまった」と言う様子は、兄を探してくれた警察犬の様子(父談)と同じで、いたたまれない気持ちでした。

→参照http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/5448107.html

最後の5人の被害者が飛行機のタラップから降りてくる写真の頃には、この曽我さんの姿に、何人が自分の家族の姿を重ねた事だろうと思うと、まだ安否も判らない悔しさで、嗚咽してしまい、持って行ったしおかぜマフラータオルが役にたちました。
同行してもらったボランティアの皆さんには、「美幸ちゃんのお兄ちゃんも忘れないでちゃんと助けるから!!」と励まされて、ご心配、ご迷惑おかけしました。

横浜の写真展だけでも4万648人の来場者があったとの事、この人数が、きっと金政権への圧力になる事と思います。

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2006年03月15日

人間不信になる家族

かなり前ですが、拉致被害者横田めぐみさんのご両親を追うレポートが、とある番組で放送されたのを見ました。
徒歩で移動中の早紀江さんが、紅葉を見て、滋さんに「お父さん綺麗ね、自然はいいわねぇ、人は嫌・・・」といった雑談をされていました。
拉致されたであろう、我が娘を、救いたい一心で、人に頼っては裏切られ、裏切られ、何度も人間不信になりながら、それでも人にお願いするしかなく、未だにめぐみさんは両親の元に帰ることができず、やり切れない気持ちになります。

どこかで同じせりふを聞いたなぁと思いました。母です。

母は、KONAより傷つきやすく純粋な性格です。昔より気も弱くなりましたし、住んでいる場所固有の人柄の悪さもあるのでしょうが、良くしてあげて、傷つけるような事をされる。いわゆる恩を仇で返される事ばかりと思っているようです。

ぶっちゃけ、つい最近も、地区の集まりで、兄についてKONAの作成したチラシを一枚づつ取ってもらうため、回したところ、ある方が、床に投げ捨てたそうです。
そりゃあ、人間不信にもなりますよね。30年以上そんな地区で逃げず、耐え、ストレスを貯めているので、精神的に弱っているのかと思います。
世の中を諦めきって「もう二度と何にも生まれ変わってきたくない。」と、言っています。

基本的には、警察や行政、どこに行っても特定失踪者について、ちゃんと調べて貰っているか解らない、非常に不信感の募る状況なのですが、偶然、実家には、「自分一人では、何もできないですが、」と言いながら、時々様子を見に来てくれる、警官の方がいらっしゃいます。近所では、折り合いが悪くても、全国に母を励ましてくれる人が居ます。今はその力を借りて、母は頑張って日々を過ごしています。必ず息子に再会しようと思って・・・。

今日こんなニュースを見ました。
「北朝鮮による拉致問題の解決に向け、政府は13日、拉致問題特命チームの中に、北朝鮮への厳格な法の執行を検討する「法執行班」と情報収集を担当する「情報収集会議」を設置することを決めた。
このうち「法執行班」は、金融庁、警察庁、法務省、財務省、経産省、海上保安庁の6省庁の審議官クラスで構成され、北朝鮮などの違法行為を取り締まるため、現行法の厳格な適用について検討する。
また情報収集会議は、内閣情報官と警察庁長官、公安調査庁長官、それに外務省事務次官で構成され、拉致に関する情報の収集と分析にあたる。
政府はこれらの2つの組織を活用させることで、北朝鮮への「対話と圧力」のうち、「圧力」の分野を強化し、拉致問題の早急な解決に近づきたい考え。」http://www.fnn-news.com/headlines/CONN00086579.html

兄が拉致かも知れないと思ったとき、二十数年間も一人の人間がどうなったか解らない。しかも数百人という人達が・・・。これをおかしいと思わないことがおかしい。どうして簡単な事が解らない日本であり続けるのか・・・と思いました。
その一端は縦割り構造にあるのは、すぐに解ったのですが、もっと根が深いようですね。アメリカのFBIやCIAといった機関のTVドラマを見るたび、うらやましく思うものでした。

こういった拉致問題特命チーム機関が、本当に事件を解決しようとしている、末端の警官の活躍を生かし、家族の納得が行く、きちんとした国家機関に、後々発展してゆく事を願います。
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2006年03月08日

神頼み:〜断ち(断ち物)

2月26日湯島天満宮にて、拉致被害者早期救出祈願として、祝詞・御祓いの儀を行っていただいた『御札』が、関東新潟県人会、桑原様より、昨日届きました。

湯島天神御札.jpg


他に御祓いをしていただいたのは、新潟県内及び、関東新潟県人会と関係がある方が対象ということで、横田めぐみさん・曽我ミヨシさん・大澤孝司さん・山本美保さん・藤田進さん(青梅)・中村三奈子さん・藤田進さん(川口)・巽敏一さんとのことです。兄・清文が御祓いをしていただいたのは、以前上野で署名活動のお手伝いをした事があったからなのですが、天候の良くない日に本当にありがとうございました。これで、道真公が日本政府に良い英知を与えてくれる事を祈ります。

参加レポート→http://aoinomama13.seesaa.net/article/13880361.html

神頼みと言えば、兄が失踪して間もない頃、母は自分の好きなものを『断つ』事で、願を掛けていました。断ち物(たちもの)と言うらしいのですが、辞書によると、『神仏に願をかけ、一定期間、ある飲食物を口に入れないこと。また、その飲食物。』という事です。母は好きな食べ物で行うと効果があると認識していたようで、甘いものの中から【飴】断ちをして、15年間ぐらい、飴を一切口にしませんでした。
いつの頃か飴断ちの願掛けをあきらめたようですが、今になって、KONAは意外な断ち物をすることになりました。

【ウニ】断ちです。

救う会で大々的に、庶民でもできる経済制裁として、効果を上げている【アサリ】不買い運動
http://www.sukuukai.jp/img/20050209handbill.pdf
も、北朝鮮の疑いがあれば、買わない、注文しないようにしているものの、『断つ』のには、特別好きという訳ではないので、成人してから大好きになり、これも北朝鮮産を偽装輸入しているものが多いと言う食べ物、【ウニ】を食べない事にしています。
講演会等でお話した事もございますが、一般の皆さんが協力できる事のひとつだと思います。

大宮講演レポート→http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=140&no=123

できる事で無理をせず、気長な協力をお願いいたします。

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2006年03月04日

大町ルート紀行文紹介A

大町ルートを探索し、自分のブログで紀行文として記事にされた。くちなしさんの「くちなし日記」は以前にも紹介しています。

http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/12891774.html

くちなし様に同じく、KONAもオウム事件と、大町ルートは密接に関係していると考える1人です。
真鍋さんに大町ルートがありそうだと聞いたとき、地図を作成したと同時に、兄と自分の歩んだ道が浮かびました。
兄は現在、長野市になった山間部で生まれ、総連が幅を利かせた松本で高校時代を、ご存知の調布で大学に行きました。
KONAは、長野市街の短大を出て、就職で杉並区に住み、丁度オウムが選挙に出た頃、渋谷を徘徊し、利用していた駅前には、オウムのカレーショップがありました。十年ほど前から坂元弁護士一家の住んでいた横浜に住んでいます。JRで言うと隣の駅です。
実家が十数年ほど前に大町にボロ別荘を買いました。数キロ上で、竜彦ちゃんのご遺体が見つかりました。

良く考えてみれば、長野、特に松本は、教育県と言われ、先生の権威は絶対でした。そしてその先生の中に、日教組が、チュチェ研が暗躍していたとしたら、そんな先生たちにさりげなく洗脳された市民県民が、海岸線に面していないのをいいことに、拉致問題を各論賛成総論反対で、蚊帳の外にしている事を感じたら、「松本の誇りと気概よ」とはいい辛いです。私は兄を長野に帰すことを考えてしまうぐらいですから。

真鍋さんに、松本ルートでも、長野ルートでもなく、なぜ大町ルートと付けたのか聞いてびっくりしました。詳しくは記載できませんが、大きなポイントが存在し、しかも、塩尻とも無縁でない所だったりします。そこが、輸送ルートの中継地になっていたとしたら・・・もちろん、長野回りのコースも可能です。大町と名前がついたのには意味があります。機会があるようでしたら、紀行文を追加していただければと思っています。


これだけの背景があって事件が解決していない・・・どころか、政府は拉致として調べているかさえ解らず、古川さんのように認定さえも渋っているのです。認定なんて当たり前、早く解決して(>_<)と叫びたいところです。

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2006年02月27日

特定失踪者家族の立場と葛藤A

KONAは、政府が拉致認定しようが、しまいが、拉致された人が拉致被害者であって、全員帰ってくることに重点を置くべきだと考えていました。その根拠は、先日記事にしました、拉致認定があっても無くても無駄という、透視結果
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/12643569.html
にもよるもので、拉致事件解決のために作ったチラシには、《拉致か解らない、拉致の被害に遭っていながら北の地で死亡して、海に捨てられたり、道端に雑然と埋められて、結果、所在が明らかにならなくても、長年探し疲れ年老いた家族を、「おまえの家族は散々騒いで拉致ではないじゃないか!」と非難する事だけは、絶対にしないで下さい。》と言う事をお願いしてきました。
これは帰って来なかったり、発見が遅くなったりした拉致被害者の家族が、攻撃されることのないように、先に訴えているものですが、古川さん認定訴訟前の懇談で、特定失踪者1000番台「生島孝子」さんのお姉さん馨子さんが、なぜ、本「うらさんの祈りはダイヤモンドになって」
参照→http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4720
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4726
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4776
を出版したのかと言う理由に、娘の帰りを待ちながら、お母様が「亡くなり」、命尽きればまさに「無くなる」事を実感し、母の足跡を残す為、遺骨をダイヤモンドにし、関連著書を出したとお話されました。

同じように、もし妹孝子さんが日本政府に〈金政権によって拉致された〉と、拉致認定もされず、金政権崩壊後もなんらかの理由〈死〉で帰って来られなかった時には、拉致だったと証明するものが無く、孝子さん(拉致被害者)の存在そのものが抹消されてしまうと感じていると。
抹消されないためには、日本政府の認定をもって、国として、孝子さんが拉致されたと補償される。だから拉致認定は必要だと思っているそうです。

KONAの中には無かった考え方だったのでこんな考え方もあるのかと、少しびっくりしたのですが・・・。改めて家族の思いの痛さを感じました。

政府は拉致被害者を〈全て〉救出する姿勢を取っているように見せかけて、〈全て〉の数を極力減らそうとして見えるのはなぜなのでしょう?
面白い事に、警察に協力を求めに行っても、「がんばってください」と家族が励まされてしまい、警察や、国の組織では情報開示してもらうことができません。そんな家族は、調査会に頼るしかなく、人によっては、地方自治体に相談に行って、民間団体の調査会を勧められたそうです。

なんだかそんな日本政府に、平和だ、安全だと騙されている様な気がします。といっても日本政府そのものが、金政権の猫騙しにあっているのですが・・・。
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2006年02月22日

特定失踪者家族の立場と葛藤@

特定失踪者問題調査会は「日本人の過去の失踪者の中に拉致被害者が存在するはずだ」という仮説に基づいて調査をはじめました。したがって、特定失踪者と名付けられた人々は、家族によって、拉致ではないかと「特定失踪者問題調査会」に申し出のあった方々のことです。
それを理解してみると、「特定失踪者」には、いくつかの観点と側面がある事が判ると思います。

・家族が拉致かもしれないと思い、調査会に申告された方が、約450名。
・このうち、ポスター等で皆さんの目に触れている、公開者が、兄・清文を含め、約250名。(調査会0番台)
・公開した中で特に拉致の可能性が濃厚としているのが、34名。(調査会1000番台)
・調査会に申告したものの、
〈現在の家族が、公開できない状況〉
〈拉致だとしたら、公開することによって抹殺される危険性〉
〈拉致でなかった時の気まずさ、世間体〉
〈様々な理由で、一部の家族の反対、家族間で意見の相違〉
などなど様々な理由によって公開にはできない方が約200名。(調査会2000番台)

藤田進さんの拉致を手伝わされたと証言した西新井病院関係者男性が、藤田さんの事件(1976年)の2年後に、二人の女性の拉致も手伝わされたと証言していたことから、失踪年の食い違いがあるものの、古川了子さんとも関係性があり、今月9日に22次リストとして公開された、遠山常子さんと峰島英雄さんは、同時に失踪した、関谷俊子さんの15次公開からかなり遅れて、実質新聞のスクープとして公開された事からも、公開に踏み切るひとつの壁の存在を感じていただけることと思います。
実際、KONAも公開にする、しないの家族内の調整に手間取り、1次公開に間に合わず、単独で公開の記者会見をし、調査会では、2次公開となったのです。

・もちろん非公開の失踪者の中にも、拉致の可能性が高い方はいます。
・そして公開・非公開を問わず、拉致ではなく、発見・再会・他事件被害者も当然いらっしゃいます。今年に入ってからも、調査会への申告者2名の所在確認ができたそうです。

この幅のある、様々な状況の家族をひとまとめにして、調査会に申告した失踪者家族で、「拉致」を冠した家族会をつくるのが困難なことが判ると思います。
ただし、理由なく家族の行方が分からなくなり、同じような苦しみを味わった、家族間のコミュニティーは図ってゆけるのではないかと思っています。調査会を中心にすることはもちろんできないのですが・・・。

1月27日の「情報戦略研究所」→http://senryaku-jouhou.jp/
講演会「北朝鮮の対外有害活動と特定失踪者問題調査会」
でも、「1000番台家族があまりに必死で、何とか心のよりどころになれないか」といった、支援者の意見が出ました。
それについては、家族間のコミニケーションをとるなど、KONAもできる事を提案しました。

しかしながら、非公開の家族のケアが公開できないだけに、最も難しく、とてもつらいと、調査会の皆さんがおっしゃっていました。


KONAがさらに深刻だと思うのは、調査会へも申し出ていない、本当は拉致されている失踪者です。
〈家族が拉致だとは思っていない〉
〈申告できる家族が居ない状況〉
〈失踪家族が拉致だとしたら、申告することによって抹殺される危険性〉
〈拉致でなかった時の気まずさ、世間体〉
〈そういった様々な理由で、一部の家族の反対、家族間で意見の相違〉
公開する、しないの前にさらに、調査会や、政府、警察への再調査を申し出るか、のハードルもあるのです。

KONAの身近に顕著な例があります。KONAの故郷、塩尻市民の話です。
高校を中退し、就職した先から退職し、会社の寮から塩尻の自宅に帰ってきた晩、家族が引越しの荷物の開梱を明日にして、休むように言い、翌日朝、家族が起こしにいくと、忽然と姿を消していたそうです。
現在、家族は拉致かも知れないが、調査会などに申し出る気はないそうだと、近所の方から、KONAの母が聞いています。詳しく明記できないのですが、この話、偶然にもあるポイントで、兄・清文と、さらにオウムにも接点があるのです・・・。

さてここで、KONAが拉致事件解決の活動をはじめた時から、公開、非公開、未申告、あらゆる立場の失踪者家族の心情を考えて、チラシの中で、お願いしてきたことがあるので、改めて記載いたします。


《家族として、奪還と共に考え、協力して欲しい事。》

*自分の家族が突然、無事帰国したとしても、政府・地方自治体の生活支援体制は万全でしょうか?
*金正日によって犯罪の手伝いをさせられた家族を、犯罪者扱いしないで下さい。
*拉致か解らない、拉致の被害に遭っていながら北の地で死亡して、海に捨てられたり、道端に雑然と埋められて、結果、所在が明らかにならなくても、長年探し疲れ年老いた家族を、「おまえの家族は散々騒いで拉致ではないじゃないか!」と非難する事だけは、絶対にしないで下さい。

《失踪者450名ほどの真相究明と、家族の支援をお願いします。》

 拉致問題において、特定失踪者問題が本体と言えます。しかし特定失踪者には、もう一つの側面があります。
450名ほどの失踪者は金正日の拉致と言う犯罪を含め、450件の完全犯罪が、治安の良いと言われる日本において起こっている事を示しているのです。
私の兄は、そして特定失踪者は、拉致された可能性がある。反面、明日遺体が見つかったり、国内で生きて見つかる可能性もゼロではない。
特定失踪者とその家族の微妙な立場も理解し、真相究明の為に支援してくださる事を、お願いします。
私の兄だけではないのです、失踪者は何百人もいるのですから。
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2006年02月06日

大町ルート紀行文紹介@

大町ルートを探索し、自分のブログで紀行文として記事にされている方がいらっしゃいます。ハンドルネームくちなしさんの「くちなし日記」を、右のリンク先に追加いたしました。

大町ルート(詳細は右のリンク先
http://nyt.trycomp.com/takano/oroot.htmlを参照)
と呼ばれる場所を生活圏としてきた私にとって、真鍋さんにそういった物流ルートが、拉致に利用された可能性を聞いた時、その恐怖をどうやって一般に伝えようかと思い、地図を作成したのです。
その思いが通じて、こうして独自で拉致事件に関心を持ち、解明に協力していただく足がかりになっていると思います。一人ではできないことを、本当にたくさんの方の協力をいただいています。
ただ、張本人である家族として、気になったりした点について、先日メールにて、ご協力のお願いをし、何点か修正をしていただきました。

まず兄は、ジュリア祭のタイミングで失踪したのではありません。ジュリア祭は5月で、兄の失踪はかつお祭り神事の三日前の7月30日です。くちなしさんが、この夏の時期に島を訪れていたのならば、工作員と同じ船に乗船していたかもしれませんね。
そして、攻めるべきはジュリアではなく、そのお祭りに目をつけ、下見をしたのではないかと言うことで、便乗し、工作をかけさせた、金政権に他なりません。この点がずれていくと、日本の皆さんは〈犯罪〉や、〈犯罪をせざる得ない状況〉を憎まず、罪のない北朝鮮人民や、工作員化された拉致被害者の方を、憎むようになってしまうのではないでしょうか?

寮生の合宿は、新島と神津島を年代わりで訪れるのが、定番だったそうです。そんな伊豆諸島に調布から定期便の飛行機が飛んでいるのも、ただの偶然でしょうね(^_^;)また、伊豆諸島で採れる天草から、長野名産の寒天ができるのも偶然ですね(^_^;)

寮についてですが、兄は一年生では下宿をし、2年の時に、現在大学の敷地内にある寮に住んでいました。現在の方が格段規模が小さく、現テニスコートの辺りまでが旧寮地だそうです。
総連の幹部学校があった辺りではないですが、朝鮮銀行のビルの辺りが、一年の時の下宿先になります。

京王閣についても、兄は失踪前に島に行くための資金作りに、アルバイトしに行った形跡(通帳に入金の記録あり)のある「すし屋」が京王閣の近くです。大将は当時の方のままでしたが、あまりに昔過ぎて、兄の記憶も、後で訪問した父の事も全く記憶になくなってしまっていました。ただ、朝鮮人が、食事に訪れる事は良くあるとの事でした。

修正元の文書→http://blog.livedoor.jp/kuchinashi_tou/archives/2005-10.html(10月25日大町ルートを行く その5 調布から八王子)
修正記事→http://blog.livedoor.jp/kuchinashi_tou/archives/50347012.html

こんな具合に、KONA自身や、民間団体である調査会、が捜査?をし、関心をもたれた方々の協力が拉致問題の解決に力を貸してくれるのですが、国からは、未だ蚊帳の外扱いされている感じが消えないのですが・・・。

くちなしさんの紀行文についてはまた、ご紹介させていただきます。
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2006年02月03日

短波ラジオがなくても・・・

昨晩ようやく短波放送「しおかぜ」にて兄・清文に宛てた手紙を読む荒木代表の声を聞きました。

決して安くはない、短波ラジオを購入しようか悩んでいたところ、支援者の方から頂いたメールで、ある地点で受信した放送をネット上で配信する、Web radioなるものの存在を知り、短波放送を聞くことができました。
ネット上にアップされるまでに10秒程度のタイムラグが生じるという事ですが、受信地域によっては自宅の短波ラジオで受信するよりきれいに聞こえるということです。

調査会のHPでも、放送の一部を公開していますし、家族の方には、希望があれば音声をお送りしますとの、ありがたいお言葉をいただきました。
しかしながら、家族の心境としては、ちゃんと電波に乗っている音を聞き、探している家族と同じ放送を聴いていると思うことで、繋がっているような気がするものなのです。
「しおかぜ」の歪んだ音(波長が合わないと音楽がマイナーコードに聞こえるんですね)で初めて呼びかけを聞いたとき、「同じ放送を聴いていて欲しい」という思いで、流れる音声がたまらなくいとおしくて、涙があふれました。

実は荒木代表が、私の書いた原文のままでは笑ってしまって読めないと一部文章の内容を変更して収録したようです。変更点は音声が悪くて確認できませんでした・・・(ToT)

このWebRadioを教えてくださった方は、2チャンネルの“北朝鮮拉致被害者向け日本語放送しおかぜ実況” から情報を得たという事です。

ここで、KONA的2チャンネルの考え方を少し書くと、 2チャンネルは読みにくい書き方がされていて、中には誹謗・中傷・妄想の為にあるようなスレッドが数多く存在します。2チャンネルに苦しめられ、いやな思いをしたことがあるのは、失踪者の家族だけではないことでしょう。
ただ、よく調査会荒木代表が言うように、たくさんの嘘の中に真実が隠れている事もあります。 ネットで攻撃をする輩の中に、拉致問題が解決されず規模も時間も大きくなってしまった背景や気質、拉致工作の張本人が隠れているのかも知れません。工作員や幇助者は日本中にいるのですから。
警戒はする必要がありますが、動揺したり、悲しまないで、冷静に真相を見つめれば、2チャンネルも利用価値があると思っています。

『少なくともこのスレッドには、ほぼ毎日欠かさず“しおかぜ”を聴き、彼の地に不条理に囚われている方々に思いを馳せる人が大勢います。ラジオの機種の話やその他雑談に飛ぶことも多いのですが、「自分が聴くことで何かこの問題の解決に力になれれば」という思いの下に人が集っています。
10月30日の放送開始から一日たりとも書き込みが絶えたことはありません。
一人でも多くの方々に、失踪者ご家族の耳に、“しおかぜ”が届けばいいな、とその一心です。』

と言う、紹介頂いた方の気持ちも紹介しつつ、以下に代表的なウェブラジオのサイトURLを紹介いたします。

WebRadio
・WebRADIO@Beppu…http://park12.wakwak.com/~jr6njd/
・WebRADIO@Shizuoka…http://fkq.jp/
・千葉県東金市…http://shiina.bne.jp/
・高知県…http://jr5lla.ddo.jp/
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2006年01月31日

「ABDUCTION The Megumi Yokota Story」スラムダンス    映画祭でドキュメント部門最優秀省を受賞

横田めぐみさんのドキュメンタリー映画「アブダクション(拉致) 横田めぐみ物語(ABDUCTION The Megumi Yokota Story)」が27日(日本時間28日)、米ユタ州パークシティーで開催されていたスラムダンス映画祭のドキュメンタリー部門で観客賞を受賞したとのニュース(^_^)。

関連記事等、詳しくは、電脳補完録さんを参考にしてください。
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4723
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4732
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4750

監督のクリス・シェリダン、パティ・キムさん夫妻には、増元照明さんの選挙の頃から知り合いになり、KONAも兄・清文の通学していた電気通信大学のキャンパス内で、取材および、撮影を受けたことがあります。今回の映画に私は映っていないと思いますが、異国の地で、粘り強く、取材・撮影を行っていたお二人と、音声や、通訳をなさっていた何名かのスタッフの皆さんには本当におめでとうございます。そして拉致事件に真剣に向き合ってくれて、ありがとうございます。作品を拝見したわけではないのですが、あの情熱と優しさが反映された、すばらしい作品になっていると確信しています。
配給会社がついて、全世界で上映されることを、祈っています。そして誰よりも、KONA自身が見たいと願っています。

追伸:昨日の記事にも書きましたが、金政権は偽札造りのために、日本の印刷関係者を拉致していると考えられるのですが、最終的なタイミングで、アメリカの原版技術者が失踪しているとか・・・。アメリカも他国の事ではなくなる日が来るかもしれないのです・・・。

追伸2:先ほどkamomiyaさんのサイト内News Library
http://kamomiya.ddo.jp/Library.html(一週間ほどは見られると思います)
から1/20のザ・ワイドを拝見したところ、6分15秒辺り「ある個人の悲劇が・・・」「国中の関心になる」の間に挟まった、増元さんの選挙中の映像にKONAが少し、映っていました(^_^;)映画デビュー(>_<)?
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2006年01月27日

特定失踪者「白鳥英敏さん」

昨日千葉から失踪した古川了子さんの拉致認定を求める裁判があり、その前に裁判所前で行なわれたビラ配りのお手伝いに行きました。写真撮るのを忘れてしまいました。(^_^;)

詳しくは、aoinomamaさんのブログをごらん下さい。→http://aoinomama13.seesaa.net/article/12319270.html

会社を午前中お休みした関係上、裁判はほとんど見ることができなかったのですが、裁判前に古川了子さんのご家族・生島孝子さんのお姉さん・私、そして長野県から白鳥英敏さんの妹さんと、四家族とお話ができました。
後に傍聴席には佐々木悦子さんのお母さんもお見えになりました。21日に行なわれた南越谷での講演会に、都会の大雪のため欠席したことを、申し訳なく思いつつご挨拶のみとなってしまったのですが・・・。

さて、特定失踪者「白鳥英敏さん」についての公開情報を見ますと、
昭和24(1949)年10月27日生まれ、昭和44(1969)年7月失踪、当時19歳
信州大学農学部1年で、長野県松本市の下宿先から失踪されました。
「家主が毎日、下宿から出かけるとき、帰ったときに声をかけていたが、本人が入院中のため留守で、いつごろからいなくなったのか分からない。退院してきていなくなったのではないかと、家主から家族に連絡があった。家族が大学に行き調べた結果、7月中旬頃大学の図書館で見かけた人がいることが分かった。父あての最後、の葉書(44.6.25付)では、学生紛争中ではあるが少しはクラスで勉強したり、クラブでコロナ観測所に行くこと、6月30日の夕方に帰ること等が書いてあった。学生運動に熱中している様子もなく、家出する理由もない。部屋の中も暮していたままで食事のあとがそのままで、食器も洗わずにおいてあった。」となっています。

この情報だけ見ても、学生紛争の時代(兄は当初、警察に内ゲバで捜査されていました)、失踪月・失踪した年齢・大学生・誕生日などから、兄・清文を連想します。また、失踪した後の部屋の中の状態が、まだそこに居る様な、生活感のある室内であったことが、杉並近辺若者連続失踪など多くの失踪事件と同じです。入院後の失踪と言うのも、どこかで聞いた話ではありませんか?

兄の七つ年上である白鳥さんが失踪して、三年後の昭和47(1972)年4月に、信大松本キャンパスに近い県ヶ丘高校に兄は入学しています。兄の高校時代の先輩に当たる同窓会の皆さんに聞いた話では、兄の高校時代から前(白鳥さん失踪時期を含む)の時代、近隣には在日の色が濃く、松本駅の西側には、「朝鮮総連」の大きなたて看板があったそうです。
現在でも、高校の斜向かいの区画に、ハナ銀行が存在します。(調布で、大学一年時の下宿先至近にも、元朝鮮銀行のビルがあるのですが・・・)兄の同級生の方たちより、先輩の皆さんの方が、自分が拉致の標的にされたかもしれない感が強い様でした。ただし、現在長野を離れている人たちですが・・・。

白鳥さんは、0番台の8次公開でしたが、公開の前の頃から、真鍋さんに、大町ルートの危険性を聞いていたので、松本からの失踪がとても気になりました。調査会にて詳しく聞こうと思ったら、実はご家族と手紙や電話のやり取りしかない(調査会がいかに多忙かお察し下さい)との事だったので、私自身が、長野県南部のご実家にいらっしゃる、妹さんにお話を聞きに行きました。そういった事情で私は面識があったのですが、荒木代表に面会されたのは今回初めてとなりました。担当の(はず)真鍋さんには、まだお会いした事がないそうです。

白鳥さんが農学部だったのは、ご実家が農業だったためと思われます。妹さんが跡を継いで、畑を守っている関係上、農閑期にしか動く事ができません。今年こそは何とかして欲しいとの思いで、昨日東京にいらっしゃったとの事です。他の失踪者のご家族と意見交換をされて、どんなお気持ちだったでしょうか。

生島さんのお姉さんは、家族の間で、気持ちのやり取りができる企画をしたいと言う意見を出されました。その折には、一般向けにこのブログを利用したいと思いました。
posted by KONA at 12:47| Comment(0) | TrackBack(2) | 拉致・特定失踪者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

短波放送「しおかぜ」

先日、新しくなった調査会のポスターを調達しに、飯田橋の調査会に伺いました。ちょうど荒木代表が短波放送「しおかぜ」の収録で、家族から被害者への手紙を代読していました。

荒木代表.jpg


短波放送「しおかぜ」とは、
@拉致被害者に対して日本で救出の努力をしていることを伝える。
A北朝鮮当局に注意しつつ情報を外部に出してもらうよう伝える。
Bその他※今後の課題だが、北朝鮮の体制崩壊時などには避難場所等の情報を流すこと等にも使うことを想定している。
などの目的で、調査会で作成した番組をインターネットを使って英国に送り、英国から第三国の送信施設を経由して流しているものです。
詳しくは→http://senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html

丁度その日、日テレとTBSの記者の方々が取材に訪れていました。

取材.jpg


TBSの取材は、昨日の報道特集の映像として、利用されていました。

KONAも最近、やっと両親兄弟の許可をもらい、兄・清文への手紙を書き調査会へ提出いたしました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

清文お兄ちゃん、妹の美幸です。最後に会った時は5歳でしたが、今は35歳。横浜に住んで、東京で働いています。(今の日本は、肥満になれる要素が多く、大きく育ちました。←荒木代表が笑ってしまうので、削除したそうです。)
父も母も貴方が失踪して、これ以上はないという程、必死で探し、体調を崩したりしましたが、今も歳は取ったものの、健在です。
まー兄ちゃんには、幼稚園児の甥姪が居ます。皆は長野県で貴方の帰りを待っています。
母は一昨年、がんで子宮を取りました。初期がんで、命に別状はありませんが、摘出した子宮は、お兄ちゃんも私も育った場所です。だから清文兄ちゃんの分もお礼を言いました。
両親が元気な内に合わせてあげたいと思い、私もできる限り、日本政府や国民、世界の人々に訴えて、一秒でも早くお兄ちゃんが帰って来るように活動しているから、お兄ちゃんも必ず日本に帰ってきて再会できるまで、頑張って下さい。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

この放送世界各国から反響の声があるようです。

よく、短波放送を「どこそこで、どんな状況で聴きました」と手紙を書くと?カードが貰えるそうで・・・。調査会のカードを紹介します。

お礼状.jpg


このカードを貰えるシステムで、ピョンヤン放送を聴いて、手紙を書き、拉致対象者に選別されたのではないか、なんて話も、兄の失踪調査開始の頃、言われましたっけ・・・。

戦略情報研究所HP内「しおかぜ通信」をリンク先に追加しました。

杉山清貴&OMEGA TRIBEの「海風通信」と、その続きとされる「夕凪通信」と言うタイトルの名曲が思い出されますが・・・。

また、調査会のHPがリニューアルされていて・・・(^^ゞ
調査会から発売されている、ストラップのデザインなどが確認できます。
ブルー大好きな、KONAも愛用中です。

posted by KONA at 16:35| Comment(0) | TrackBack(2) | 拉致・特定失踪者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月20日

藤田さんは泣いていた・・・。

兄・清文と、大学が近く、同年齢で、同じ年の、2月に失踪した、藤田進さん。弟の隆司さん

(参考ブログ→http://trycomp.net/green/

とは一昨年の7月から、共通点などはなかったか、調査会の元で、共に調べてきました。そして昨年の8月に、北朝鮮から持ち出されたと言う、進さんの写真が2種類出てきて、ほぼ本人と鑑定されました。

壇君WHO's WHO参照(04年08/01 報道特集 脱北者が藤田氏らしき写真公開)
http://kamomiya.ddo.jp/Rachi.html

そして今月14日の西新井病院の家宅捜索に関連して、藤田進さんの監禁疑惑が出てきました。

電脳補完録参照→http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4406
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4401

特に産経の記事の「男性は泣いていた・・・」はとても辛いです。その姿が、そのまま兄に重なるからです。

藤田さんが拉致され、監禁後、大町ルート(右リンク参照)を通って拉致されて行ったとするならば、その時期、兄・清文は、大町ルートである国道19号線に面した自動車教習所に通い始めた頃になります。
そして何より、国道20号、19号は、私や家族にとって、生活の拠点の道路になるのです。

その道路の上を通っていったい何人拉致して行ったのでしょうか?
私の故郷長野の景色を、日本の最後の景色として、涙の向こうに見て行った被害者は藤田さんだけでは無いように思います。とても悔しく悲しいです。

調査会に届けを出し公開した時、点と点がいずれ線になり、面になり、全容を現す事を祈りました。その断片が現れて来たのが、今回の件ではないでしょうか。

待っている親の中に、再会を待ちわびながら亡くなってしまった方もいらっしゃいます。現在も病や寄る歳と戦いながら、帰りを待っている親が沢山いらっしゃいます。そして待っている者だけが、時間が無いのではありません。

余談ではありますが、私の別れた元旦那は、31歳で拡張性心筋症で亡くなりました。そして昨晩、元彼に聞いた話で、春先に若い親戚が亡くなったと聞いた話が、実は実の弟で、頭痛がしてタクシーで、病院へ向かい僅か5分、着いた時には意識が無かった・・・。くも膜下出血の一種で、享年37歳。しばし涙が止まりませんでした。

拉致の被害にあった若者(当時)にも、運命と言う時間は一刻の猶予もないと言うことを、皆さんに強調したいと思います。



posted by KONA at 15:53| Comment(2) | TrackBack(1) | 拉致・特定失踪者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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